第1段階 緊張
(1) パラリーガルは,事務所に雇ってもらったことに感謝し,少しでも弁護士の役に立ちたいと意欲を持って働き始める。まずは仕事の流れを覚えるのに必死であり,全体の構造は見えない。弁護士からの指示には,「はい」の返事ばかりで,緊張の連続である。
(2) パラリーガルは,法律事務所は本当に困っている人を助け,弁護士はその仕事を生きがいにしているのだと漠然と思っている。但し,目の前の仕事とは上手く結びつかない。
(3) 緊急の相談の依頼の電話がかかってきて,パラリーガルが弁護士に伝えると,弁護士は受けないという。パラリーガルは,当然受けるものと思っていたので驚くが,何か深い理由があるのだろうと考えて納得する。
(4) パラリーガルは,弁護士が依頼を断ってばかりいる現状を知って驚く。本当に困って一刻も早く何とかしてほしいという相談に対しても,弁護士は「本屋に行けば内容証明の本が売ってますよ」「ネットを見れば乗ってますよ」「市役所で無料相談やってますよ」など言って冷淡に断る。パラリーガルは,今回は特別な依頼が続いたのだろうと考えて自分を納得させる。
(5) すでに事件を受けている依頼者から,「連絡が全然ない」「経過報告が欲しい」という催告や不満の電話が入ると,弁護士は「そちらが電話してこないのが悪い」という態度を取る。パラリーガルは,少し心が痛むが,自分のほうが法律事務所の常識を知らないのだと考えて自分を納得させる。
(6) 依頼者が弁護士への不満を電話でパラリーガルにぶつけてきて,パラリーガルの疲労が増える。パラリーガルは,弁護士を悪く思ってはならないと考えているので,依頼者の方が悪いのだと考える。
(7) パラリーガルは,自分は本当に困っている人の力になりたいと思っており,採用面接でもそのように言って弁護士に採用された。それなのに,弁護士は目の前で困っている相談者の力にならない。パラリーガルが想像していたのとは違う。それでもパラリーガルは,弁護士はもっと困っている人を助けるのに忙しくて余裕がないのだろうと思って納得する。
第2段階 驚き
(1) パラリーガルは,少しずつ事務所の仕事に慣れてきて,仕事の流れや構造が見えてくる。弁護士は,同期の弁護士や近隣の弁護士がどんな高級車に乗っているか,年に海外旅行に何回行っているかということで情報を集めて張り合っているので,自分はそのような立派なところに勤めているのだと誇りに思う。
(2) パラリーガルは,弁護士と依頼者の会話を聞いて自分の感想を持つ余裕ができてくる。弁護士は,依頼者が心配事を聞いてほしいと思って一生懸命話しているのを真面目に聞かず,着手金が払えるかどうかを一番聞きたがる。パラリーガルは,これも仕方ないことなのではないかと感じるようになる。
(3) パラリーガルは,弁護士と依頼者の意見が食い違う場面を目にするようになる。依頼者が一生懸命証拠を集めてきても,弁護士は面倒くさがって目を通さない。依頼者から催促を受けると,弁護士はこんな証拠は不要で逆効果だと説明し,依頼者は不安そうな顔をしながら渋々納得する。
(4) パラリーガルは,少し余裕が出てきて,自分の意見を混ぜてみてもいいかなと油断する。依頼者からの伝言を,「先生にこうして欲しいと言っていますが」と促すように言ってみる。パラリーガルは,弁護士も根本のところでは人のために働きたい,人の役に立ちたいという目的を共有していると信頼している。しかし,弁護士は「誰がそんな話を聞けと言った!」「俺はこう伝えろと言っただろ!」「何でやらないんだ!」と激怒する。声が震えて目が血走っている。パラリーガルは恐怖におびえる。
(5) パラリーガルは,弁護士が激怒する場面が段々わかってくる。弁護士は,依頼者が事件のことで怒っているときには一緒に怒ることはない。興味がなく冷めている。そうではなくて,弁護士は自分の立場やメンツやプライドを傷つけられたときに激怒する。お金が当初の予定より儲からなかった時にも激怒する。パラリーガルは,自分の責任ではなくても,自分が怒られているような気になる。本当にパラリーガルが仕事を怠った失策にされて怒鳴りつけられることもあるので,怖くて静かに黙っている。
(6) パラリーガルは,弁護士の愚痴を毎日聞かされる。「こんな金にならない事件受けられるか」「カスみたいな事件ばっかり」「過払いは終わった」が弁護士の口癖である。パラリーガルは,最初は反発を感じながら,だんだん刷り込みされてきて,確かにそうだと思うようになる。弁護士の考え方は経営者として正しいからである。
(7) パラリーガルは,弁護士が最も重要視していることは人の役に立つことではなく,報酬の取りはぐれにならないことだとわかる。雇われているパラリーガルは,弁護士の方針に従うのが社会人の義務であり,弁護士の方針を超えることは許されないのだと無理に本心を押し込める。それで,パラリーガルの善悪の境界がずれてくる。パラリーガルは,自分の頭でものを考え,判断する気力が失われてくる。
第3段階 恐怖
(1) パラリーガルは,いつもびくびくして弁護士の顔色と機嫌を窺いながら仕事をするようになる。怒られないのであれば,給料はもっと安くてもいいのにと思うようになる。
(2) パラリーガルは,弁護士の神経の鈍感に驚き,普通の常識が通用しないことがわかり始める。弁護士は依頼者の必死の訴えを前にしても,それが心に響くことはない。話を聞くふりをして,それとなく依頼者の財布の中身を探る。頭の中ではいつも着手金の計算をしている。パラリーガルは,こんなことに慣れてしまったら大変だとわかっていながら,慣れてしまう。
(3) パラリーガルは,本当に困っている人の力になる仕事をやりたいし,そのような仕事出れば給料が安くてもいいと思っている。しかし,弁護士がパラリーガルに言いつける仕事は,金になるものばかりである。報酬金の分割払いが遅れている依頼者からの債権回収のために念書を作るなどの仕事である。すべては弁護士の金になるだけで,パラリーガルの給料は安いまま上がらない。
(4) 弁護士は,報酬金を払わない依頼者にむきだしの敵意を向けて「泥棒」「食い逃げ」と呼んでいる。弁護士は,その依頼者から受けた事件の内容は忘れている。離婚だったか借金だったか刑事事件だったかも忘れている。ただ単に報酬金を払わない依頼者ということだけ覚えている。依頼者から電話があると,「法治国家」という言葉を使って脅迫する。パラリーガルは弁護士が怖いので「泥棒ですね」「ひどい人間ですね」と言って弁護士に追従する。
(5) 弁護士は,報酬金の支払いが遅れている依頼者を訴えると言って,訴状を起案するようにパラリーガルに命じる。パラリーガルには,依頼者が「今まで弁護士は自分のために親身にやってくれていると思っていたのに本当は金儲けだけのために使われたのか。信じられない」と思っているのがわかり,ショックである。そんなことを考えていると,弁護士がパラリーガルに「訴状を作れって言っただろう! 何でやれといったことをすぐにやらないんだ!」と怒る。
(6) パラリーガルは弁護士のご機嫌を取ることを覚える。しかし,下手に依頼者のためを思って気を回すと,急に激怒して「誰がそんなことを考えろと言ったんだ!」と烈火のごとく声を震わせて激怒する。パラリーガルには,もう依頼者のことなんかに気を回してはならない,弁護士の言われたとおりにするのだとの恐怖感が染みつく。
(7) 弁護士はパラリーガルに対して,「依頼者に迷惑をかけるだろう! 社会人失格だ!」と言って怒る。しかし,弁護士は本当は依頼者のことは考えていない。依頼者の心情を想像して怒っているのではない。実際には,弁護士自身や事務所の評価が下がることに対して怒っている。弁護士はパラリーガルに対して,人格を罵倒し,法廷尋問のように論理的に追い詰める。パラリーガルはひたすら耐える。
第4段階 適応
(1) パラリーガルにとっては,弁護士に怒られるか怒られないかがすべての基準である。怒られないことが善である。善悪の基準はそれだけである。自分はここでは仮のイェスマンを演じているのだと割り切る。
(2) 弁護士は面倒くさい破産事件の相談が来ても,高額の着手金を一括で入れてくれなければ,ほぼ間違いなく断る。依頼者がどんなに困っていても,借金の理由が本当に悲惨な病気や貧困であっても,依頼者が自殺しそうに追い込まれていても,平然と断る。その代わり,楽して報酬が取れる過払いの事件は,どんなに借金の理由がギャンブルや浪費や風俗であっても,喜んで引き受ける。パラリーガルも金儲けが第一だという価値観に影響され,心が汚染されてくる。
(3) 弁護士は,世の中で一番誠意がない人間は,報酬金を払わない依頼者だと思っている。そのような依頼者を非難する口調は,貸金業者と同じである。単なる債権回収と同じであり,泥棒であるといって電話で追い詰める。パラリーガルは,弁護士の機嫌が悪くならないように,依頼者がしっかりと報酬金を払うように祈るだけである。毎日が弁護士のご機嫌伺いの連続だが,それでも弁護士は何かと「不愉快だ!」と言って,パラリーガルを怒る。パラリーガルは「申し訳ございません」と謝るので,パラリーガルが悪かったことになってしまう。
(4) 弁護士は,脱税と報酬のことしか頭にない。人件費も節約したいから,いつも安い労働力を求めている。弁護士にとっての理想のパラリーガルは,世の中の半分の給与で,世の中の2倍働くパラリーガルである。だから,パラリーガルがそれに合わないと不機嫌になる。弁護士はパラリーガルをほめることはない。その代わり,「全然事務所に貢献してないじゃないか! 足ばかり引っ張ってるじゃないか!」と言って毎日怒る。
(5) 弁護士は預金通帳の残高チェックが最優先で,入金の遅れを追及することで1日の大半が終わる。だから,事件の中身に関する仕事は,ほとんどパラリーガルがすることになる。パラリーガルは大量の仕事が終わらず,残業になる。パラリーガルの仕事量は膨大になり,パンクしそうになる。しかし,弁護士はこれを把握しておらず,「残業代を払うのがもったいない」という思考しかしない。だから,弁護士はパラリーガルを,「何でこんなに残業してるんだ? そんなに仕事あるわけないだろ?」と怒る。パラリーガルは心が折れるが,折れても耐える工夫を身に付け,怒られるほうが悪いのだと思い,タイムカードを早めに押してサービス残業をする。
(6) 弁護士はパラリーガルを人間として見ておらず,コピー機やパソコンのような機械と同じように捉えている。パラリーガルは,こんなことが知られたら恥ずかしいので,友人や家族に対しては,「私を雇ってくれているのは良い弁護士さんだ」と言っている。親が見たら悲しむので,現状をひたすら隠している。パラリーガルは,困っている依頼者のために働くならば意欲が湧くのに,弁護士の名誉や利益のために働くのは意欲が湧かない。それでも,心の病気にならないために,本心を抑えて服従しながら,「社会は厳しいのだ」「これが正しいのだ」と思って耐える。
(7) 依頼者は,弁護士を恐れるようになると,弁護士と話したがらず,伝言をパラリーガルに託すようになる。パラリーガルが依頼者の意志を弁護士に伝えると,弁護士はあからさまに不快感を示し,パラリーガルは誰に雇われてるのか,上下関係がおかしいではないかと言って怒る。特に,依頼者が報酬金の分割払いが遅れるお詫びをパラリーガルに伝えて,それをパラリーガルが弁護士に報告したときは,弁護士は烈火のごとくパラリーガルを怒鳴りつける。パラリーガルは,頭を下げて「すみません」と繰り返す。すると弁護士は,「おまえが何ですみませんと言うんだ」と言ってまた怒る。
第5段階 麻痺
(1) 弁護士は,金にならない国選弁護は適当に済ませる。パラリーガルも,経済は費用対効果で動いているのだから,弁護士が安くて儲かる仕事をするのは当然であり,それによってパラリーガルも雇って頂いているのだから,弁護士のほうが正しいと思うようになる。国選弁護で儲けるためには,接見回数を多く報告するしかないが,最近その手が使えなくなってきて,弁護士の機嫌が悪いので,パラリーガルも萎縮する。
(2) 弁護士は,金になる私選弁護には一生懸命になる。検察官や警察官とは些細なことで大喧嘩する。依頼者の犯罪の内容はどうでもよくて,口の利き方や言葉遣いをめぐって文句をつけて,そこから口論になる。弁護士は喧嘩が大好きで,警察官に文句を言うときは,「うちの事務員もあなたが変だと言っています」と言って相手を責める。パラリーガルは,そんなことを言った覚えはないのだが,「ありがとうございます」とお礼を言う。
(3) このような事務所では,パラリーガルの入れ替わりが激しい。1週間や1ヶ月でやめていって,すぐに新しい人を入れなければならなくなる後に残ったパラリーガルは,そのような状況に追い込んだ弁護士を責めたりはしない。心の中でも責めない。その代わりに,辞めていった人間を責める。先輩が自分の時間を削って仕事を教えてあげたのに,中途半端に仕事を投げ出して,迷惑をかけて消えた人間を責める。こうして,ますます常識がずれていく。
(4) パラリーガルは身が持たなくなってくるため,精神衛生上,弁護士のいいところを探そうとする。パラリーガルの間の口癖は,「先生はいい人だ」「先生は本当はいい人なんだ」である。ついでに,弁護士の口癖もパラリーガルに伝染する。「金にならない事件」「カスみたいな事件」がパラリーガルの間で普通に言われるようになる。依頼者からの入金が遅れていると,「本人は来なくていいから財布だけが歩いてくればいい」などと平気で言い出す。
(5) 弁護士と依頼者が報酬でトラブルとなると,パラリーガルは安心していられる。その間は弁護士の怒りが依頼者に向き,パラリーガルは怒られなくて済むからである。但し,八つ当たりで怒られる危険があるため,弁護士の怒りを共有し,弁護士の側にあって一緒に依頼者を非難し,火の粉が飛ばないようにしなければならない。依頼者に対する報酬金の請求書を起案しろと言われたら,どんなに他の事件の依頼者を待たせても,他の仕事を投げ出してすぐにやらなければならない。
(6) パラリーガルは給料が低く,残業代も出ず,ボーナスもなく,昇給もない。しかし,パラリーガルは弁護士から毎日怒られているので,それに不満を持つという思考ができなくなってくる。「コピー用紙を無駄にした」「すぐにお茶を入れろと言われたのに入れなかった」などの理由で怒られ続けるので,自分は出来が悪いパラリーガルであり,能力が低く,迷惑ばかりかけているので,雇って頂いているだけで感謝しなければならないと思ってしまい,自分の意見がなくなってくる。
(7) 弁護士が長期間事件を放置するので,依頼者はしびれを切らして,相手方に電話をする。それが弁護士に知れると,弁護士は烈火のごとく怒り,依頼者を罵倒する。「直接交渉するなと俺が厳しく要求しているのに,本人が破ってしまったら台無しじゃないか!」と激怒する。ほとほと呆れたという口調で,依頼者が協力してくれないと上手くいかないじゃないかと機関銃のように話す。弁護士は,事件の解決はどうでもよくて,自分のメンツを潰されたことに怒っている。パラリーガルは,そもそも弁護士が事件を放置したり,依頼者に親身にならない態度全体が問題なのだとわかっているが,怖くて何も言えない。
第6段階 服従
(1) 弁護士は儲かる仕事はどんどん受任し,煩雑な事務作業はパラリーガルに丸投げする。パラリーガルは目が回り,丁寧に見直す時間がなくなってくる。弁護士もチェックをせず,パラリーガルの仕事を放置する。それで,裁判所から間違えを指摘されると,弁護士はパラリーガルを激怒する。「気がたるんでる」「緊張感が足りない」「社会人の基礎ができてない」あたりはパラリーガルも耐えるが,「依頼者に失礼だろう!」はパラリーガルには耐えられない。弁護士は依頼者を食い物にしており,依頼者にかこつけて自分のプライドが傷ついたことを怒っているからである。それでもパラリーガルは歯を食いしばって耐える。
(2) パラリーガルが依頼者のために献身的な態度を示すと,弁護士は激しく怒る。弁護士が依頼者のためにそんなことまでするのか,ここは司法書士や行政書士の事務所じゃないんだと言って怒る。何をするにもコストがかかるんだ,コピー用紙1枚,電話1分,切手1枚を常に大切にする意識を忘れるなと言って怒る。依頼者が事件の経過を心配しているとか,そんなことは弁護士にはどうでもいい。弁護士は,依頼者が損したときには全く怒らないが,自分がお金を損したときには声を震わせて本気で怒る。
(3) パラリーガルは,弁護士が1年以上も放置している事件については,いつも心配している。依頼者はどれだけ心配しているだろうかと思う。しかし,わざわざ弁護士の機嫌を悪くする必要もないので,黙って何も言わない。ただ毎日の弁護士からの指示に従って仕事をし,安い給料をもらって,何よりも弁護士が儲かるように考えるべきことを自分に言い聞かせる。
(4) 事務所に長年勤めているパラリーガルは,考え方がほとんど弁護士と同化し,事件を放置にされた依頼者に対する良心の呵責もない。依頼者の方が催促してこないから,「解決を先延ばしにするのが依頼者の意志ではないか」と考えるのもやむを得ないではないかと弁護士は言う。そして,弁護士がそう考えるのも,依頼者が何も言ってこないのが原因ではないかという。長年勤めているパラリーガルは,弁護士の言う通りだと言う。依頼者を一刻も早く安心させてあげたいと思って心が痛むパラリーガルは,短期間で辞めていく。
(5) 脱税工作と報酬計算の水増しばかりをさせられていると,パラリーガルの労働意欲は落ちてくる。ドラマとは全然違うのだとわかってくる。依頼者のために働きたいという意欲がないと,仕事はつまらない。それでも弁護士は,少ない労力で大きな利益をあげて,濡れ手で粟をつかむことしか興味がない。パラリーガルが限界に達して退職を申し入れると,弁護士は「この程度の仕事も続かないのは社会人失格だ」「これからどこへ行っても使い物にならないぞ」「お前は一生するぞ」と厳しくお説教して,パラリーガルは退職後も弁護士に精神的に支配される。
(6) 弁護士と依頼者は,報酬金のことで電話で毎日のようにもめている。パラリーガルは横で聞いていて,依頼者はお金が高いといって怒っているのではなく,弁護士の人柄に怒っているのだとわかる。依頼者は,弁護士が全く親身にならず,お金だけが目当てだったのか,という部分に気づいてしまい,脱力している。ところが,弁護士はここに気づかない。弁護士は,依頼者が単に「お金がもったいない」と考えて,値切り交渉を仕掛けているのだと思っている。弁護士は,依頼者が金の亡者であると考えている。俺の顔に泥を塗る気かと怒っている。
(7) 弁護士は報酬金が払えない依頼者を「恩知らず」と言って怒る。「弁護士をただで働かせようというのか。10年早い」と言って怒る。パラリーガルは,弁護士のプライドが最も傷つくのは仕事の対価を安く見積もられたときであり,そのようなときに最も激怒するだとわかる。弁護士は,報酬が払えない依頼者には裁判まで予定して,誓約書に調印させる。預金口座や給与の差し押さえも予定して,パラリーガルにその仕事をさせる。そのようなとき,弁護士は一番生き生きしている。そもそもこの依頼者からの相談は何の相談だったかを忘れている。離婚か借金か相続か刑事かも忘れている。依頼者の離婚後,破産後の生活を破壊しても,そんなことは弁護士には関係ない。パラリーガルは,パラリーガルの分際で弁護士の考え方と別の考え方を持つこと自体が職務専念義務に違反し,逸脱していると考えるので,弁護士が暴走しているとは思わない。
第7段階 正当化
(1) パラリーガルは,パラリーガルとして生きている自分に誇りを持ち,プロのパラリーガルになろうとする。そのため,弁護士の選択を批判的に見ない。弁護士のしていることはすべて正しくなる。教祖と信者の関係となる。弁護士はいつもコスト削減を考えているのに,給料をもらうのは申し訳ないという気持ちも起きてくる。
(2) 弁護士は,事件を放置された依頼者や,報酬を取られすぎた依頼者から,懲戒請求を受ける。パラリーガルは,とにかく自分のミスではなかったか,自分が個人的に責任を負わなければならなくなるのか,そちらの方向で心配する。パラリーガルは,その後で弁護士が不機嫌になるのを心配し,その次には事務所の看板に傷がついて売り上げが下がるのを心配する。パラリーガルにとっても,依頼者がどんなに弁護士に苦しめられて,報復を恐れながら勇気を出して懲戒請求に及んだのかどうかは,ほとんど眼中になくなってくる。
(3) 弁護士は,依頼を放置した証拠や報酬を取りすぎた証拠があると,これはこういうつもりで書いたのに,受け取るほうが曲解したと言って激怒する。弁護士は,依頼者に対する発言の問題性を指摘されると,常識ではここはこのようなつもりで言ったのに,そのように受け取るほうが常識外れで,受け取る方がおかしいのに,そんなことまで考えていたら弁護士は何も言えなくなると言って怒る。パラリーガルは,「そうですね。誰しも常識でそう思います。」と言って,依頼者の性格が曲がっていることに同意する。
(4) パラリーガルは,弁につられて怒りっぽくなる。理屈っぽくなり,弁護士の猿真似のような論理を使うようになり,弁護士にだけは反論しない。「弁護士を甘く見るとどんな目に遭うか思い知らせてやる」と弁護士が言うと,パラリーガルは「弁護士の恐ろしさを見せつけてやらなければいけませんね」と追従する。
(5) 弁護士としては,報酬を払わない依頼者が何よりも道徳的に間違っているのに,それが懲戒請求をしてきたことで,怒りに火がついている。パラリーガルはその怒りに同調し,弁護士の正当性をさらに強く信じる。依頼者のほうが間違っていることは絶対に動かせなくなる。
(6) 弁護士は,懲戒が避けられない状況になってくると,「私が指示していないのに事務員が勝手にやりました」という弁解を使うようになる。そして,「この書類は俺が言ったとおりに書いてないだろう」「俺はこんな書類に決裁を出した覚えはない」と言って,パラリーガルを追いつめる。弁護士にとっては,パラリーガルの代わりなどいくらでもいる。懲戒解雇しても,募集をかければ,今はすぐに100人は集まる。パラリーガルはひたすら怖いのと,そう言われてみれば自分が書いた文書は弁護士の真意を正しく表していないのだと思って自分を責めて,始末書を書く。弁護士は,パラリーガルの不始末を依頼者に詫び,何とか懲戒請求を取り下げてもらう。
(7) パラリーガルは,自分のせいで弁護士が懲戒を受けそうになったことを本気で反省し,身の振り方を考える。弁護士が,「退職するのは逃げることだ」と言って怒り,「事務所の名誉を挽回するのが罪滅ぼしだ」と言うと,パラリーガルは心から感謝し,弁護士に尽くしたいと思う。このようにして,パラリーガルも弁護士と同じように,依頼者の顔が札束に見えるようになる。パラリーガルは,依頼者の心の悩みには興味が持てなくなり,依頼者の財布の中身だけに興味を持つようになる。